美術史003:東京藝術大学石膏室

ドナテッロ作《ガッタメラータ騎馬像》とヴェロッキオ作《コレオーニ騎馬像》

「馬の美術」なんてマニアックな主題で博士号を取ったのは、日本で私だけのようだ。博士号の研究テーマは専門性の高いものなのでマニアックなのはいたしかたないのだが。

私が学生、助手、講師としてかれこれ26年もお世話になっている東京藝大には、大石膏室がある。その中央には二つの巨大騎馬像が向かい合って置かれ、大石膏室全体の空間を支配している。《ガッタメラータ》はイタリアのパドヴァの町に、《コレオーニ》は同じくイタリアのヴェネツィアにある。この2つと、もう一つの未完成のレオナルドの《スフォルツァ騎馬像》の3体で、ルネサンスの3大騎馬像と言われる。全く別の町にあるばかりか、実際に行ってみると、どちらも非常に高い台座の上に設置されているので、近づいて見上げても、よく見えるのは馬のお腹ばかりだった。しかし日本の、東京の、この藝大石膏室では、並んだ二体を実物大でまじまじと比較して見ることができる。馬像研究者という、ちょっと変わった立ち位置の私には、垂涎の空間だ。

私は、若い時には、勇ましく勢いのある《コレオーニ騎馬像》に感動した。この作者のヴェロッキオはレオナルド・ダ・ヴィンチの師匠でもある。レオナルドが入門したころヴェロッキオ工房はフィレンツェで一番成功していたという。まさに華のあるこの騎馬像の雰囲気そのものだ。また当時は「テリビリッツァ」と呼ばれる憤怒の形相が流行っていた。騎乗者コレオーニも強い顔立ちだが、興奮した馬の形相は恐ろしい。血管が浮き出し、丸く目をむき、荒い鼻息、ため込んだ力が爆発寸前だ。
もう一体の《ガッタメラータ騎馬像》はもっと静かだ。動きも表情も。私自身、30代後半になるまで、作者のドナテッロの凄さがわからなかった。ドナテッロの静かで、繊細、誇示しない凄さには敬意さえ感じる。

東京藝大で担当している「彫刻概論」の授業では、必ず石膏室見学を開催している。学生のためであるのはもちろんだが、ほんとうのところ一番楽しみにしているのは私かもしれない。

*石膏室は撮影禁止なので当HPでは写真は掲載できませんが、「東京芸大石膏室」で画像検索していただければ様子はわかります。